「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(原題 The Big Short)の感想と評価 (2016年アカデミー作品賞、監督賞他にノミネートされている作品ですが…)

 

2016年のアカデミー作品賞他にノミネートされ、日本では3月4日に公開予定の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は、パナマでは先週から公開されています。例によってパナマで一番いい映画館「Cinepolis Vips」で観てきました。

オリジナル版、スペイン語版、それに日本語版では、映画のタイトルやキャッチ・フレーズが微妙に異なっていて面白いです。

オリジナル版 ⇨ 「The Big Short」(直訳すると「大きな売り」)
スペイン語圏 ⇨ 「La Gran Apuesta」(直訳すると「大きな賭け」)
日本語版   ⇨ 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」

日本語版の予告編はこちらです。

 

映画.COMからあらすじを引用させていただきます。

クリスチャン・ベール、ライアン・ゴズリング、スティーブ・カレル、ブラッド・ピットという豪華キャストが共演し、リーマンショックの裏側でいち早く経済破綻の危機を予見し、ウォール街を出し抜いた4人の男たちの実話を描いた。「マネーボール」の原作者マイケル・ルイスによるノンフィクション「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」を原作に、「アントマン」脚本などを手がけてきたアダム・マッケイ監督がメガホンをとった。05年、ニューヨーク。金融トレーダーのマイケルは、住宅ローンを含む金融商品が債務不履行に陥る危険性を銀行家や政府に訴えるが、全く相手にされない。そこで「クレジット・デフォルト・スワップ」という金融取引でウォール街を出し抜く計画を立てる。そして08年、住宅ローンの破綻に端を発する市場崩壊の兆候が表れる。

 

さて、この映画についての私の総合的な感想と評価ですが、2000年代半ばの米国の不動産バブルの頃の経済社会の狂乱ぶりと人々のどん欲(Greed)さをよく描いた作品です。しかしながら、投資の世界に疎い人が観ると内容が十分に理解できないと思います。アカデミー賞の選考を行うハリウッドの映画関係者のすべてが内容に共感できるとは思えませんので、作品賞の受賞は難しいかと思いますが、監督賞か助演男優賞あたりなら可能性があるかもしれません。

 

以下は、映画を観てのコメントです。写真はこのサイト(IMDb)から引用させていただきました。

♥私事で恐縮ですが、たまたま株や債券や外国為替証拠品取引(FX)などの投資の経験があり、ギリシャの金融危機問題などの勉強を通じて「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融用語も理解していましたので、この映画を十分に楽しむことができました。日本でこの映画を観に行かれる方は、事前に以下の事を理解されると、内容が分かりやすくなると思います。

♥まず、この映画の原題のタイトル「 The Big Short」ですが、ショート(Short)とは短いとか足りないとかいう意味ではなく、投資の世界では「売り」を意味します。ちなみに、投資の世界ではロング(Long)は長いという意味ではなく、「買い」を意味します。例えば、ある会社の株を買って保有することをロングすると言い、その株を(空)売りすることをショートすると言います。FXの世界では、ドルを買って保有することをロングする、売ることをショートすると言います。したがって、この映画の原題「The Big Short」とは証券市場での「大きな(莫大な)売り」という意味です。つまり、この映画のタイトルは、住宅バブルの崩壊により、価格の下がりそうな住宅関連の債券や株式などの証券、さらに後で説明する「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」などの大量の「売り」注文が発生し、当時の米国経済を壊滅的な状況に追い込んだことを比喩しています。日本語版のタイトル「マネー・ショート」は、何か資金が足りなくなったような感じであり、証券市場等での「売り」というイメージが全く伝わっていません。たぶん、原題を訳した人が投資の世界を知らないために、こうした誤訳になったのかと思います。この映画の日本での公開は誤訳のタイトルのままで行われそうです。ちなみに、この映画の原作本のタイトルの翻訳は「世紀の空売り」です。「売り」のニュアンスは出ていますが、「空売り」というのは株の世界であり、債券等も含める場合は単に「売り」という訳でよかったかと思います。

♥次に、この映画を観る前に理解すべきは、「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融用語です。非常にややこしい内容の用語ですが、素人の方でも分かるように、あえて単純化して簡単に説明します。住宅ローンを扱う会社(A)があって、返済能力が十分で無い人たち(B)に住宅購入のための資金を貸し出しているとします。不動産バブルの頃の米国では、これを「サブプライムローン」と呼びました。(A)は、貸し出し資金の調達のために債券を発行します。銀行や投資会社や個人投資家など(C)は、こうした債券やこれが部分的に組み込まれた金融商品を買って(A)に資金を提供します。(A)の顧客(B)は、低所得で返済能力が不十分なため、(A)は(B)から借金を踏み倒されるリスクを抱えています。(B)が借金を返済しないと(A)の経営が危うくなります。(A)の経営が危うくなると、債券を買っている(C)も投資資金とそれが生み出す利益が得られず、最悪の場合は投資した資金の大半が回収されないリスクにさらされます。「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」とは、(C)が被る可能性があるリスクに備えた一種の保険です。この保険を発行する会社(D)は、(C)にこうした保険を売り、保険を買った(C)は、万が一(A)の経営が破綻して損失を被る場合に、(D)に損失の補填のための保険金を請求することができます。「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の恐ろしいところは、リスクのある金融商品を買っている(C)だけではなく、だれでも買える保険である点です。つまり、ある企業が倒産した場合に、「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の保険に入っている会社や個人は、莫大な利益が得られる可能性があります。「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」は、企業だけではなく、倒産のリスクが無いとされた国についても発行されています。例えば、ギリシャが資金調達のために発行した国債についても、国債を買った人たちへの利子等の支払いや元本の保証ができなくなった場合(債務不履行ないしデフォルト)に備えて、沢山の「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」が発行されました。つまり、投資の世界では、企業や国の破綻に乗じて儲けようとする輩がいるのです。この映画の主人公はまさにそうした輩です。

♥さらにもう一つ。トリプルA(AAA)とかトリプルB(BBB)とか単なるBとか、金融商品ないし企業の信用力やリスクの程度を測る用語が頻繁に登場します。これらは、スタンダード&プアーズ(S&P)、フィッチ、ムーディーズなど、信用力に関するの格付けを行っている会社が使っている評価基準です。最上級がAAAで、この基準にあると評価された金融商品や会社の信用力は最も高く、それらを対象に投資を行ってもリスクは少ないという目安にされます。余談ですが、こうした評価は国やその国の政府が借金するために発行する国債についても行われています。先進国はAAAないしAAです。しかしながら、債務を履行できないような国、例えばギリシャや南米のアルゼンチンのような国が発行する国債には高い金利が付きますが、信用力が低くてリスクが大きいので、Bクラス以下、場合によってはCクラスの評価が行われます。返済能力の低い低所得層にろくな審査もせずに住宅ローンを組ませている会社や、こうしたローン向けの資金調達を目的とした金融商品は、本来ならばリスクが大きくて評価の格付けが低いはずです。映画にも出てきますが、フロリダにある一戸建ての住宅の購入者の借金の返済が滞っているので、資金を融資した会社の調査員が訪ねたところ、ローンの名義人は世帯主ではなく、世帯主が飼っている犬の名前であったという信じられないエピソードも描かれています。しかしながら、バブル時代の米国では、大手の格付け会社もこんな会社が発行する金融商品になんとAAAの評価を与えていました。格付け会社は、信用力やリスクの評価をしますが、それを信じて投資した結果損失を被ったとしても責任はとってくれません。この映画に登場する輩は、大手の金融機関や政府、さらに格付け会社がでっち上げたバブル経済の偽りのからくりに気づき、経済社会を崩壊させる時限爆弾が破裂することに期待して一儲けしようと企みます。

♥さて、ようやく映画の登場人物についての話です。この映画で一番光っているキャラは、ヘビーメタルのロックを愛し、ドラムを叩きながら仕事をするを金融トレーダーのマイケルです。元医者で、幼少の頃に片目を失い、何となく性格が歪んでいるこのトレイダーを演じるクリスチャン・ベールは、2016年のアカデミー助演男優賞にノミネートされています。なぜ、返済能力がない人々でも住宅ローンを組めたかというと、当時の米国では住宅は永遠に値上がりするという神話があり、人々はローンは住宅の値上がり分で返済すればいいという安易な考えに取り憑かれていました。日本の1980年代と同じく、バブルの時代はいつまでも続くはずはありません。マイケルは、この異常なからくりにいち早く気づき、同じく神話に取り憑かれていた当時のウォール街の金融機関や政府の監督機関に警告しますが聞き入れられません。そこで、「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の大量購入という投資によって、経済の崩壊に乗じて大儲けします。

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♥二番目に光っているキャラは、ライアン・ゴズリングが演じるウォール街にあるドイツ銀行の銀行家ジャレットです。彼も金融トレーダーのマイケルと同様に異常な状況をいち早く察知し、低所得者に住宅ローンを組ませている大手銀行に対して不信感を持っているヘッジファンドのマネージャーのマーク(スティーブ・カレル)を説得して、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」を買えと勧めます。余談ですが、彼らがミーティングをしたラスベガスのホテルにある日本食レストランでは、なぜか徳永英明が歌う「最後の言い訳」が流れていました。日本語の歌詞ですが、バブルの崩壊後に多くの金融関係者が語った「(当時は)これは予測できなかった」という「言い訳」に引っ掛けていると思うのは考えすぎでしょうか。

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♥この映画は、ブラット・ピットが所有する製作会社「Plan B」による作品です。ブラット・ピット自身も、第一線を退いた投資家として出演していますが、上の二人に比べると出番が少ない上に存在感もありません。せっかくのイケメンの素顔も眼鏡と髭で隠されています。いかがわしい雰囲気の二人の若手投資家を応援しますが、経済の崩壊に乗じて儲けてもあまり嬉しそうではなく、彼がなぜそういう風になったのかの理由や経緯も語られません。ブラット・ピットが目当てでこの映画を観に行く人は、きっとがっかりすると思います。

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♥2007年から2008年の米国での不動産バブルの崩壊によって、サブプライムローン関連の金融商品を取り扱っていたAAA格付けの大手投資会社リーマン・ブラザーズは倒産し(この映画の中にも出てきます)、CITIなどの大手銀行も経営危機に陥りました。また、大量の「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」を売っていた大手の保険会社AIGは、損失補てんのための保険金の取り付けが殺到し、事実上倒産状態に追い込まれましたが、米国政府の公的資金の注入により延命したのは記憶に新しいです。そうした公的資金の大半が、この時期に乗じて儲けようと企んだ輩の手に渡りました。米国経済の混乱は、米国内に倒産や失業などの問題を生み出しただけでなく、世界経済にも深刻な影響を与えました。きっと当時は、世界中でこの映画に登場するような輩が暗躍していたと思います。

♥ところで、この映画ほどスケールが大きくなくても、経済危機に乗じて儲けを企むのは投資の世界では常識です。例えば、上述のギリシャによる債務不履行(デフォルト)の可能性が表面化した時期に、ユーロの価値が短期間で急落し、ヨーロッパ経済が重大な危機に直面しました。そうした時期でも、ギリシャが発行した国債を対象とした「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の購入、さらにFX市場で暴落するユーロを売って、短期間で利益を上げた投資家が沢山いたと思います。さて、映画の内容とは直接関係がありませんが、ある国の経済の混乱期には企業の株やその国の通貨の価値が暴落しますが、こうした状況で投資家が「売り」(ショート)という手法でいかに儲けるかのかについて簡単にご説明します。興味のある方は読み進んでください。

♥ある企業の株の暴落を予測する投資家がいるとします。その投資家は、証券会社に手数料を払って、その企業の一株を一定期間借ります。その企業の株は現在一株1000円の値が付いていますので、株式市場で売って(ショートして)1000円をゲットします。その株は予想通り暴落し500円になったとします。投資家は借入期限中にその株を証券会社に返さなくてはいけないので、株式市場で500円で買い戻して返します。この取引によって、投資家は売りでゲットした1000円マイナス500円つまり500円の利益を得ます。厳密には、証券会社から株を借りた手数料を差し引いた額が儲けです。この取引は、以前は「空売り」などと呼ばれ、なんとなく胡散臭いイメージがありましたが、今では単に「売り」(ショート)と呼ばれ、公認された取引です。10000株で同じ取引をすると、なんと5000000円の利益です。個人で取引をするとこの位の数量が限界ですが、投資ファンドと呼ばれる会社は桁外れの数量で取引します。この取引のリスクは、株価が暴落せず逆に上昇した場合に発生します。仮に1200円になってしまうと、1000円で売った株を1200円で買い戻さなければならず、200円の損失が生じます。

♥同じような取引は、外国為替証拠品取引(FX)でも行われています。米国経済の混乱により、ドルの暴落を予想する投資家がいるとします。その投資家は、FX会社に手数料(金利のようなもの)を払って1ドルを借り、1ドルが120円の時に外国為替市場でその1ドルを売って(ショートして)120円をゲットします。ドルは予想通り暴落し1ドルが80円の価値になってしまったと仮定します。投資家は、もう十分に儲けたので、外国為替市場で1ドルを80円で買って、その1ドルをFX会社に返します。この取引によって、投資家は40円の利益を得ます。厳密にはFX会社への手数料(スプレッドと呼ばれます)を差し引いた額が儲けです。1ドルの取引で40円の儲けですから、100000ドルで取引すれば4000000円の儲けです。実際には、株式市場と同じく、投資会社は桁外れの額で取引しています。株の場合と同じく、FXでも、ドルの価格が予想に反して上昇すると損失が生じます。上の例で、もし1ドルが130円に上昇して、取引の決済を行うと10円の損失になります。

♥さて、この映画のタイトルである「売り」(ショート)の意味が少しでもお分かりいただけたでしょうか?お分かりになった方は、きっとこの映画を何倍も楽しめると思います。

 

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