小説 ある日曜日(Um Dia de Domingo)

 

【第13話】

10月半ばの週の水曜日は秋晴れ。昼間は、マンションの経営管理を委託している不動産会社から、「経営状況」について報告を受けた。久々の「仕事」だった。何もしなくても金が入ってくる結構な身分だが、もうあの世に行くまでに使えないほど貯まったので、これ以上稼いでどうしよう。 

夜は、約束どおり、ジュリアーナに会いに行くため、新宿に出かけた。

歌舞伎町では、最近ホストクラブが増え、黒服に身を包んだカラスのような若者が、道行く女たちに片っ端から声をかけて呼び込みをしている。こんな時間帯にかかわらず、そうした店に入っていくのは、なぜか年配の女性グループが多い。

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「亭主と子供がいるようなあの女たちは、一体何を求めてホストクラブなんかに行くのかな?」なんてことを考えながら歩いていると、いつの間にか「エル・パライーソ」のあるビルにたどり着いた。

地階にある店に降りようとすると、そばにいた茶髪にピアスのカラスが声をかけてきた。

「おっさん、ここは外人お断りだよ!」

ホストかと思ったカラスは、どうやら「エル・パライーソ」の従業員らしい。

確かに、入口の壁には、『暴力団関係者と外人お断り』と手書きした紙が張ってある。

「外人に対する不当な差別だ!」などと言っても仕方がない。

店長に、マリアさんご指名の、外人みたいな顔をした日本人が来たと伝えてよ」

カラスは、なまりのない日本語を話す「外人」を見て、不思議そうな顔をしながら店の中に入り、しばらくすると営業用の笑顔を浮かべながら戻って来た。

「大変失礼いたしました。どうぞお入りください。『マリアさんご指名のお客様ご来店で~す!』」

そこは、厚いベージュのカーペットと天井を走る光線が、ケバケバシイ雰囲気を醸し出している店だった。意外と奥行きがあり、バーカウンターの向こうには、たくさんのボックスシートが並んでいる。南米から来たらしいラテン系の女や、ロシアあたりから来たらしい白人の女が、おしゃべりをしながら座っている。日系人らしい女もいる。時間が早いのか、それとも景気が悪いのか、客よりホステスの数のほうが多い。

深々と礼をする店長の向こうに、笑顔の「マリア」が立っていた。隙のない化粧をして、胸元が開いた真紅のドレスを身に着けると、私が普段知っているジーンズ姿のジュリアーナとはまったく違う女だ。これだから女は怖い。

「いらっしゃいませ。ボア・ノイチ(今晩は)!」

「あ~驚いた。誰かと思ったよ。ええっと、できれば奥の、静かな席に座りたいな」

今日は客として来たので、指名した「マリア」さんが、腕組みをして席まで案内してくれた。

二人仲よくボックス席について、とりあえずビールを頼むと、ジュリアーナに知りたかったことを聞いてみた。

「ここは、なんで外人お断りになったのかな?」

「この店は、クラブとか言ってるけど、キャバクラと同じで、時間制のセット料金なの。たとえば、今頼んだビールや安物のウイスキーなんかは、セットに入っているから、いくら飲んでもいいの。時間を延長してもいいけど、指名料を払わないと、同じ女の子がつくとは限らないわ」

「で、外人のどこがだめなの?」

「外人は、セット料金しか払わないのが多いの。たまに女の子を指名するけど、ボトルを入れないし、長い時間いても金離れが悪いから、店にとっていい客じゃないってことかなー。日本人の客だったら、カイシャの・・・何てったっけ、そう、『セッタイヒ』とかいうのを使ってさ、セットに入ってない高級なお酒を何本もとってさ、パーっとお金を使ってくれるわ」

「でも、外人は、店が決めたやり方で、お得な料金で楽しんでんだから、別に悪いことしてないよね」

「まあ、聞いて。ここからが本当の理由。実はねー、こんな店に来る外人って、女の子の扱いがうまいの。日本人の男と違ってさ、優しくて紳士的だし、話題は豊富だし、当然英語はうまいし。フリーで初めて来た外人に口説かれて、その気にさせられちゃう子も多いわ。外人と外でつき合い始めて、それっきり店に来なくなった子も何人もいたらしいわ。店にとっては、ケチでスケベな外人の客は迷惑なのよ」

「なるほど。そうすると、外人みたいに振舞う日本人も、店にとってはいい客じゃないということか」

「でもね、あたしー、商売抜きでお酒飲むなら、外人みたいな男がいいな~。日本人の、特に、カイシャの男っていうのはサイテー。女の子に名刺渡して、自分はどこそこの偉い人間だとか、自慢するの。カイシャの金使って、高いボトルとって、女の子をたくさん呼ぶけどさ、話はつまんないし、自分たちだけで仕事の話なんか始めたりして、しらけるんだよね~、もう・・・」

それから本題に入り、この店で数年前に人気ホステスだった「エバ」という女について、知る方法がないか聞いてみた。

「この間、電話で言ったけどさ、昔のことだったら、ベテランのお姉さんに聞くのがいいんだけど・・・、今日はあまりいないねー。あっ、エレーナさんがいる。ほら、あそこ。壁際に立って、店の若いのと話してる人。」

「今、フリーなら、呼んでくれるかな」

「いいけどさー、場内指名料と・・・あの人しっかりしてるから、ボトルとらされちゃうよ」

「まあ、情報提供料だと思えば仕方がないか」

ジュリアーナに呼んでもらった白いドレスの女は、ペルーから来た日系人だった。小柄な体に「赤ちゃん肌メイク」が決まって、若く見えるが、実際の年齢は30以上か。

女は、私の顔をチラッと見るなり、ジュリアーナの方に視線を移してささやいた。

「あらっ。外人さん?」

「いえ、違うの。みんな、フリオさんって呼んでるけど、南米で儲けてきた日本人よ。あたしのアミーゴ(友達)」

「ホント~! はじめまして。エレーナです。よろしくお願いしま~す。ワタシ、ラティーノ(ラテンの男)みたいな人ダーイ好き。お隣にいいですか?」

その女は、返事を聞く前に、私の横にピッタリと座った。そばで見ると、小悪魔的なかわいい顔をしているが、目が何かを企んでいる。

ジュリアーナは、先輩のお姉さんに遠慮してか、向かいのソファに移動した。

妖艶なセニョリータ(女の子)たちと、気の利いた会話をしたいが、今日は「トドス・アミーゴス(みんな友達)」の会の代表のつもりなので、「公私混同」はしないと決めていた。

私は、さっそくエレーナに、以前クラブで働いていた、源氏名をエバというホステスについて知らないか尋ねた。

「エバ? あっ、カロリーナですね。もちろん覚えてますよ。私も彼女も、南米出身で仲良くしてましたから。えーっと、話すと長くなりますから、シャンペンでもどうですか?」

いきなりエバの本名が出てきた瞬間、「やった!」と思った。エバとカロリーナは同一人物らしい。

ケチな外人と思われたら話が聞けないので、仕方なくOKして、出てきたシャンペンのボトルを見て驚いた。「ピンドン」(ドンペリニョンのロゼ)だ。

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「 サウージ(乾杯)!」

まず、三人で乾杯してから、ようやく本題に入れた。

【第14話】に続く

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