小説 ある日曜日(Um Dia de Domingo)

 

【第14話】

エレーナの話では、カロリーナは、日系人の友達に誘われて、埼玉にある系列のキャバクラに面接に行ったが、大衆店より高級店がふさわしい女というオーナーの判断で、新宿の店に回されたらしい。

カロリーナに初めて会った時は、びっくりしましたよ 高級店とか言っても、しょせんうちは、歌舞伎町にあるキャバクラに毛が生えたような店ですが、彼女は容姿だけじゃなくて頭も良くて、きちんとメイクして素敵なドレスを着れば、銀座や赤坂のクラブでも働ける子でした。最初の頃は週末だけ出勤してましたが、多くのお客さんが、われ先にと彼女を指名しました。あまりもてる新人さんが現れたんで、前からいる女の子は、いい顔しませんでしたけど」

「カロリーナって、他の子とそんなに違ったの」

「南米に長くいたフリオさんならご存じでしょうが、あちらでは、どこに住んで、何してるかで、人間が判断されちゃうでしょ。彼女は、いい家庭で育って、大学を出て教養があるし、英語もきちんと話せるし、おまけに美人で・・・。ワタシを含めて、南米から来た子の多くは、国ではやっと生活していたというか、要するに、育ちも頭もよくないんです。うちは、新宿のいい会社に勤めているお客さんも多いんですが、エリートさんとか、インテリさんなんかは、カロリーナが好きでしたね。なにせ、手ごろな料金で、銀座・赤坂クラスのホステスと遊べちゃうんですから」

「カロリーナは、クラブで働きだした理由について、何か言ってた?」

「彼女、いい家庭で育ちましたが、会社の研修で日本に来る前に、両親が交通事故で死んだらしいです。裁判の費用とか、親が残したマンションのローンとか、お金のやりくりに困ってました。南米では、とんでもない金持ちもいますが、中流くらいの人間は、みんな自分の生活レベルを落とさないように必死ですからね。裁判は示談が成立したけど、マンションのローンの方は、ブラジルの会社でいくら働いても返せないって言ってました」

「なるほど、手っとり早く金を稼ぎたい理由があったんだ」

「彼女、会社の研修で地方に行った時、偶然、会社の元上司と会ったらしくて、その人はある下請け工場で働いていて、ブラジルにいる時よりずっと稼いでたそうです。私の出身国のペルーもそうですけど、今では、大学の先生とか、医者や弁護士まで出稼ぎに来てますからね。カロリーナは、会社を辞めてからこの店のレギュラーメンバーになって、埼玉から、西武新宿線沿いにある安アパートに引っ越しました」

エレーナは、カロリーナのことだけなく、自分の身の上話も、それ以上に聞かせてくれた。ペルー人の旦那が愛人と逃げてしまい、彼女は年老いた両親に二人の子供を託して出稼ぎに来ているらしい。

男性優位社会というか、女ったらしで、いい加減な男も多い南米では、よくある話だ。女が世帯主になって、かつての恋人や夫との間にできた子供を、親や兄弟の助けを借りながら育てている家庭が多い。

「ワタシみたいに、育ちが悪くて、たいした教育も受けてない人間は、あちらじゃいい仕事に就けないんです。ワタシ日系人だから、まだ仕事が見つかりますが、現地人の女だったら、女中くらいの仕事しかないですよ」

「う~ん。でも、日本に長くいると、子供が懐かしいでしょ」

「そりゃもう。毎晩、子供のことを思って泣いてますよ。年に1、2回は、山ほどお土産を買って帰りますけど、こんな生活いつまでも続けられないんで、稼げるうちに稼ごうと思ってます」

エレーナは、急ピッチでシャンペンを飲みながら、自分の苦労話を延々と聞かせてくれるので、適当なところで遮って、カロリーナがいなくなった理由について尋ねた。

「それも、話せば長くなりますけど・・・」

要するに、ボトルをもう一本とれという意味らしい。「南米で儲けてきた日本人」だなんて紹介してくれたジュリアーナを恨んでもしょうがない。カラスに目配せして、気前よくシャンパンを追加注文すると、ようやく私が知りたいことを話しだした。

エミーの話では、以前、店の常連客に一人の実業家がいた。南米帰りのその男は、陽気で冗談が得意な上に、下手ながら英語をしゃべったので、外人ホステスの間では人気者だった。

一方、その男の金使いは堅実で、ホステスの指名はせず、いつもセット料金の範囲内で遊び、勘定書の中身は細かくチェックしていた。

「でも、そのお客さんは、カロリーナと出会ってから急に変わりました。指名料は払うし、店に来る時はいつもプレゼントをもってきて、お金を惜しまずに使うようになりました」

「カロリーナは、月にどれくらい稼いでたの」

「それは営業上の秘密で言えませんが、カロリーナが稼いだ額は、今でも店の伝説ですよ。固定給のほかに、指名やボトルの数によって彼女の手取りが増えましたから」

「でも、ホステスの仕事は、給料もいいけど、その分出費も多いんでしょ」

「それが、カロリーナは、毎月稼いだお金のほとんどを、ブラジルに送ってました。ドレスはほとんど店の貸衣装を使ってましたし、宝石類もあまり身に付けてませんでした。悔しいけど、彼女は美人で素がいいから、それでも十分にきれいでした。それから、高級バックとか、お客さんから貰ったプレゼントは、質屋に持って行って換金してました」

「で、カロリーナがここからいなくなったわけは?」

「それはですね・・・」

出てきた二本目のピンドンを見ながら、エレーナの目がまた何かを企んでいる。

「あっ、またシャンパンですか。実は、ワインがほしかったんですが・・・」

どうやら三本目のボトルの催促らしい。これからこの店が「外人」の客も歓迎してくれることを願って、思い切って奮発することに決め、カラスにエレーナの好きなワインを持ってくるように言った。

「実は、カロリーナは、同伴出勤をするお客さんとも一線を守ってましたが、その方だけとは深く付き合い始めました。休みの日には、二人でよく逢ってたみたいです。そのお客さんは、ここから歩いて行ける大久保のアパートに住んでました。私がカロリーナの友達ということで、クラブが閉まったあとに、一度三人で、職安通りのドン・キホーテの裏にある韓国料理のレストランに行きましたが、隣がその方のアパートでした。カロリーナは、毎晩タクシーで帰るとお金がかかるんで、時々その方のアパートに泊まってたみたいです」

「あっ、そこなら、あたしが最近引っ越したマンションのすぐそばだわ。あのあたりは、ここから近い割に、場所柄のせいか家賃が安いのよね」と、二本目のシャンペンを一人で飲んでいて酔いが回ったジュリアーナが、ようやく話に加わった。

「それから、いつだったか、カロリーナは・・・、お金も必要だけど、本当に欲しいのは、自分を心から愛してくれる人だとか言ってました。ワタシは、カロリーナがそのお客さんといくら付き合っても、しょせん客とホステスの関係じゃないかと思ってましたが・・・。風俗店に通うお客さんにとっては、ワタシたちなんかは、気晴らしの遊び相手ですから」

「で、カロリーナはどうしていなくなったの・・・」

いよいよ肝心なことが聞けるかと思った瞬間、凍りついた。

出てきたワインは、ロマネコンティ。止めの一発だった。

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「お兄さん、例のヤツ作ってよ」

エレーナから命令されたカラスは、ワインの入ったグラスにシャンパンを注ぎ始めた。そうか、これがバブル時代の伝説「ロマコンのピンドン割り(ロマネコンティをドンペリニョンのピンクで割ったカクテル)」か。

「サウージ(乾杯)!」

一杯ン万円の、世界一高くて品のないカクテルで再び乾杯すると、話はいよいよクライマックスを迎えた。

【第15話】に続く

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