小説 ある日曜日(Um Dia de Domingo)

 

【第12話】

私は、サンパウロのセルジオ金城から得た情報を、順を追ってリカルドに伝えた。女将が出す料理を美味しそうに食べ続ける彼は、なにか話を聞くたびに、驚いたり、納得できないような表情を繰り返した。

「つまり、サンパウロからの調査結果を要約すると、こうだ。君の奥さん、つまりアナが持っていたペドロの出生証明書だけど、そこに書かれた母親カロリーナとは、アナの双子の妹だ。カロリーナは、以前会社の研修で日本に来た時に妊娠して、ブラジルに帰ってからペドロを出産し、今は、君がアナとお見合いしたマンションに住んでいる。アナが自分の母親だと紹介した年配の女は、実は、カロリーナのマンションで働いている女中だ。アナは、来日前に、すでに日本を知っていたカロリーナから生活上のアドバイスをもらうついでに、カロリーナの子供の父親探しを頼まれた・・・、というわけだ」

私の話が一段落すると、リカルドはため息をつきながら言った。

「肝心のアナについての情報が、ほとんど無いですね。今までのお話を聞いても、彼女がなぜ死んだのか、手がかりがつかめません」

「そうなんだよ。でも、アナの母親だという女。あれはまるっきりでっち上げだということが分かったな。守屋が撮った家族写真を見せてもらった時、アナと母親があまり似てないから変だと思ったけどね」

「それについては、世話役の守屋さんが気を利かせてくれたのかもしれません。僕の両親は亡くなったし、アナとカロリーナの本当の親がどこにいるのか知りませんが、とりあえずその女中さんが母親役をしてくれれば、日本に持っていくための家族写真は撮れますから」

「なるほど・・・。でも、アナが日本でブラジルにいる母親の誕生日を祝ったというのは変な話だ。なにせ、その母親というのは偽者だからね」

「その女中さんは、カロリーナの家で長年働いていたのですから、アナとも親しかったかもしれません。南米では、身の回りにいる人間の誕生日というのは、大切にしますよね。僕の両親も、スーパーの従業員みんなの誕生日を覚えていて、誕生日には朝一番にお祝いを言って、あらかじめ用意したプレゼントをあげていたくらいですから」

やれやれ、この男は本当に人がいい。人を疑うことを知らない。

「そうかな・・・。それにしても、アナについての情報があまりにも少ないんで、妹のカロリーナのことでも調べれば、何か分かるかなと思って、彼女が前に働いていた旅行会社の東京支店に行って話を聞いてきたよ」

「そこまでしていただいたのですか!」

「どうせ暇なボランティアだからね」

酔いが回って頭がふらふらしてきたが、私は、渋谷で女支店長から聞いた話をなんとかリカルドに伝えた。

話を聞いたリカルドは、今度は少し納得したような顔をした。

「実は、今のお話を聞いて、思い当たることがあります・・・」

リカルドは出された料理を一通り平らげたようなので、『新宿ゴールデン街』のしきたりに従って、別の店で飲み直すことにした。自分が払うというリカルドの手を払いのけ、酔うと出てくる南米時代の癖で、女将に気前よくチップ込みの勘定を払って店を出た。

足もとがおぼつかなかったが、近くの『トリスバー』(昔のサラリーマン向け安酒場)になんとか滑り込んだ。この店で飲むのは、かつてオヤジの定番だったという「ハイボール」(ウイスキーのソーダ水割り)と決めている。リカルドにも同じものを勧めた。

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外の空気を吸ったら、いくらか頭がさえてきたので、景気よく二度目の乾杯をして、話を続けた。

「じゃ、今度は君の話を聞こうか」

「実は、アナが死んでからのゴタゴタが一段落して、派遣会社の山本さんから飲みに行こうと誘われました・・・」

リカルドの話では、山本は月に二回くらい、新宿にある派遣会社の本部に報告に来るらしい。新宿では仕事のあとに、歌舞伎町にある「エル・パライーソ(天国)」という南米からの出稼ぎホステスがいるクラブによく遊びに行くが、ずいぶん前にその店でリカルドの妻によく似た女を見かけたという。そこの従業員の話では、女は「エバ」と名乗り、当時店の人気ホステスだったそうだ。

「山本さんが初めてアパートに来た時、アナをじっと見つめていたので、いやらしいオヤジだなと思いましたが、そんなわけがあったのです。僕の妻は今回初めて日本に来たのですと言ったら、たぶん人違いだろうと言っていました。でも、フリオさんの話を聞いて、もしアナの妹カロリーナが、以前日本にいた時に水商売をしていたとしたら・・・」

「『エル・パライーソ』なら、私も聞いたことがあるよ。アミーガ(女友達)がアルバイトしてる店だ。行ったことないけど、区役所通りの向こう側にあるらしいから、たぶんここから近いよ。君がどうしてもと言うなら、今度その店に行って調べてもいいよ。でも、カロリーナがそこで働いていたことが確認できたとしても、アナの事件の真相を知る手がかりまでは出てこないと思うけど、それでもいいかい?」

「結構です。今度何も分からなければ、もうアナのことを調べるのは諦めます。お忙しいところ、またお世話になりますが、よろしくお願いします」

「その『お忙しいところ』っていうのは、皮肉っぽく聞こえるね」

実は、リカルドから最初に相談を受けてから、私自身も彼の「妻」だったアナという女が、日本に来てなぜ死ぬことになったのか知りたくなっていた。会の活動というより、個人的な興味から、もう少しこの件を調べてやろうと思った。

明日は早いというリカルドを新宿駅のホームで見送り、涼しい夜風にあたっていると、あることを思い出した。

「そう言えば、あの店は外人お断りだったな!」

私はその場でケータイを取り出し、アミーガのジュリアーナ植野と連絡をとった。彼女に最後に会ったのは、リカルドが初めて事務所に来た日の前日だったから、二週間前か。あの時もずいぶん飲んだな。

ジュリアーナは歌が大好きで、小野リサやマルシアみたいなプロの歌手になることを夢見てブラジルから来日したが、夢と現実は大違い。面倒を見るとか言った悪徳芸能プロダクションの男に騙され、パスポートは取り上げられ、どさ回りの落ちぶれ歌手の前座で稼いだギャラはピンされ・・・。彼女が、泣きべそをかいて事務所に相談に来たのは、もう半年くらい前か。歳をとると時間が経つのが早い。

ジュリアーナは、今、私たちの会のメンバーが紹介した関東周辺のバーやレストランでボサノバやラテンポップを歌っているが、それだけでは生活費も稼げないので、時々新宿のエル・パライーソでホステスのアルバイトをしている。

「あっ、フリオ! 久し振り。コモ・バイ(元気)?・・・」

電話に出たジュリアーナは、どこか地方都市のバーにいて、週末の夜にしては早い時間だというのに、もう店じまいを手伝っているところだった。地方は活気がないから、客も少ないんだろう。

私が『エル・パライーソ』に行きたい理由を伝えると、元気な声でまくしたててきた。

「あたしー、まだ新人だからさ。昔のことだったら、クラブにいるベテランのお姉さんに聞いた方がいいよ。あたしー、誰か紹介するよ・・・」

「それから、いつか君、店は外人お断りだとか言ってなかった?」

「そのことだったら大丈夫だよ。あたしー、今度の水曜日には東京に戻って、夜はクラブで働くから、9時頃に指名して来てよ。あたしー、店では『マリア』って名前だから、よろしくおねがいしま~す。店長には、前もって、外人みたいな顔をした日本人が来るって言っとくから、心配しなくていいよ・・・うん、じゃ、待ってるからね」

【第13話】に続く

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