小説 ある日曜日(Um Dia de Domingo)

 

【第4話】

最愛の両親を亡くして精神的にダメージを受けた上に、このまま商売を続けると自分の身も危ないと感じたリカルドは、祖父の代からの店をたたむ決心をした。幸い、堅実な経営をしてきたおかげで一家に借金はなく、従業員には世間の相場よりも高めの退職金を払ってやめてもらった。店舗は不動産屋を通じて設備ごと売りに出したが、不況の最中すぐには買い手が付かなかった。

「急に一人になって寂しかったろう。それからどうしたの?」

「ずっとゴタゴタが続いて心身が疲れていたのと、両親を亡くしたショックで、しばらくの間ボーッとしていました」

「で、日本に出稼ぎに行こうと思ったきっかけは?」

「ある日、店舗の売却を頼んでいる不動産屋に行ったら、そこにいた日本人のブローカーから声をかけられました」

そのブローカーは守屋といい、日本の人材派遣会社に出稼ぎ希望の日系人を斡旋して手数料を稼いでいた。守屋は、日本に行った多くの日系人が、短期間でブラジルでは決して稼げない額の金を手にしていると言ってリカルドを誘った。リカルドも、日本で働いてきた日系人が、稼いだ金で家や車を買ったという噂を時々耳にしていた。

「で、どう返事をしたの?」

「しばらく考えました。お父さんは出稼ぎには反対でした。人生はお金がすべてじゃないといつも言っていました。世の中はいろいろ変わるけど、おじいさんの店を守って、家族みんなで助け合いながら生きるのが一番幸せだと考えていました。でも、両親が死んで店を閉めてしまい、一人でどう生きていこうか迷っていたので、おじいさんが生まれた国に行くのもいいかなと思いました。実は、日本には前から一度行ってみたいと思っていました。おじいさんのように、まじめで勤勉な日本人が造った国を見てみたかったのです」

「そうか。でも、なぜ急に結婚したの?」

「守屋さんから話がありました。日本で働きたがっている外人の女性がいるけど、就労できるビザをとるために、日本に行く間だけ結婚してくれるジャポネーズ(日本人)を探しているって」

守屋の話では、リカルドが婚姻届にサインさえすれば、そのブラジル人女性が彼の分まで往復渡航費や就職の斡旋手数料を負担してくれるという。たぶん守屋は、誰か日系人の結婚相手を紹介すれば、そのブラジル人女性から相当な手数料を受け取ることになっていたはずだ。

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「それだけで結婚しちゃったの?」

「いいえ。日本にタダで行けるのは魅力でしたけど、僕は外人の女性と個人的に付き合ったことがなかったのです。お父さんもそうでしたけど、結婚する相手としては日系人の女性以外考えていませんでした」

「それから?」

「守屋さんが、ことわる前にとにかく一度その女性に会えとしつこく勧めたのです。美人で頭がいいし、性格も日本人の女性みたいに優しいと言っていました。まあ、僕としては、会うのはタダだし、暇つぶしだと思ってOKしました」

こうしてリカルドは、守屋が手配した「お見合い」に出かけた。

相手はアナ・バロスという名で、リカルドの家からさほど遠くないジャルジン・パウリスタ地区にある結構いいマンションに住んでいた。

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意外なことに、守屋の言葉は嘘ではなく、その女は20代半ば過ぎのラテン系の美人だった。肩まで伸びた金髪混じりの髪、くっきりとした瞳、いつも微笑みを浮かべているような唇、外人にしては小柄で細身だが出るべきところが出た体、リカルドはその女のすべてに魅せられた。

「パウリスタ(サンパウロの女の子)の魅力にはめられたんだ?」

「アナは外見だけでなく、頭もよかったです。サンパウロ大学を卒業して英語はペラペラ、それに日本語のクラスもとったらしくて、けっこう話せました。彼女が住んでいたマンションは、数年前に死んだ父親が残したもので、僕が行った時は母親と二人で住んでいました。アナの双子の妹は、就職してからパラナ州に住んでいるそうです。ブラジルは景気が悪くて、大学を出てもろくな就職先がないし、母親を養うためにもぜひ日本に行って働きたいと泣いて頼まれました。僕は、一人で日本に行くのは寂しいし、人助けのつもりで、この女性と付き合ってみようと思いました」

「お見合い」から数日後、リカルドはアナとの「結婚」を承諾した。守屋は直ちに記入済みの婚姻届と必要な書類を揃えてくれ、二人はそれらにサインをしてサンパウロ市の公証役場に提出した。書類の備考欄には、アナが直筆で「万が一離婚する際は財産を請求しません」と明記した。守屋は、二人が帰国した時は、「離婚手続の方もアフターサービスするよ」と言っていた。

日本に出発する前、守屋はもう一度リカルドをアナが住むマンションに連れて行った。彼女の母親と共に「家族写真」を撮るためだ。二人の「結婚」が怪しまれないために、守屋から「家族の写真を携帯したほうがいい」と言われたらしい。守屋がカメラマンになって、まずは一人ずつ、最後にアナの母親を真ん中にして、三人並んで「家族写真」を撮った。

「これがその時撮った写真です。どれもよく写っているでしょう」

「奥さんはお母さんとあまり似てないな。色もお母さんの方が黒いね」

「南米では人種間の混血が進んでいますから、親や兄弟でも顔つきや肌の色が違うことはよくありますよね」

「それもそうだな・・・」

「アナは僕に妹さんの写真を見せてくれましたが、双子だけあってそっくりでした。二人とも幼い頃からとても仲がよかったそうです。守屋さんは、なぜか僕に、『そんな写真は見なくていいよ』と言いました・・・」

「それから、アナは僕に小さな箱に入ったプレゼントをくれました」

「何をくれたの?」

「開けてみると中には指輪が入っていました。アナが『結婚した二人が指輪をしてないのは不自然でしょ』と言ったので、よく見ると彼女はもう左手の薬指に指輪をしていました。貰った指輪の裏側には、『アナからリカルドへ、愛をこめて』と書かれていて、サイズはピッタリでした」

そして二人は、2005年6月初めに、日本に旅立つことになった。守屋のおかげで、日本での「定住者」資格のビザと米国のトランジット・ビザは思ったより簡単にとれた。二人は出発の当日サンパウロ空港で落ち合い、同じく守屋が世話をした三組の日系ブラジル人の家族と共に、ニューヨーク経由東京行きのJAL便(現在この便の運行は中断中)に搭乗した。

一番後ろのエコノミークラスは、出稼ぎのため南米と日本との間を行き来する日系人で満員だった。リカルドとアナは、日本に到着するまで隣同士に座っていたが、はたから見るとその様子は、夫婦というより、たまたま乗り合わせた男女のようだった。

【第5話】に続く

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