小説 ある日曜日(Um Dia de Domingo)

 

【第6話】

次の日は月曜日。二人にとって、いよいよ本格的な出稼ぎ生活が始まった。

リカルドは自動車部品工場でベアリングを作り、アナは大手の家電工場で生産ラインに張り付いた。

朝は二人で、コーヒーとビスケットだけの、簡単な朝食をとってから出かけた。昼は、リカルドは作業場で冷えたコンビニ弁当を、アナは社員食堂で温かいランチを食べた。

リカルドは、「きつい」、「汚い」、「危険」の「3K」職場で、朝から晩まで汗と油にまみれて働くことになった。

チームを組まされた地元出身の若い日本人青年は、休憩時間にはヘッドフォンで音楽を聴いたり、携帯ゲームで遊んだりして、職場の誰とも必要以上に口をきかなかった。噂では、彼は中学校時代に受けたいじめが原因で引きこもりの性格になり、どこの会社にも正社員として採用されず、「フリーター」とかいう生活を送ってきたらしい。

「どうせオレたちは負け組だよ・・・」

職場での最初の日、リカルドが彼から聞いた言葉はそれだけだった。

二人の上司である年配の課長は、リカルドの父親のように勤勉な日本人で、朝は一番早く出勤して、夜は毎晩遅くまで残って働いていた。仕事に厳しい人だが、リカルドのチームから不良品が出ると、「また外人がやったのか」と言うのが口癖だった。

リカルドは、不良品が出るのはいつも日本人青年の不注意のせいだと知っていたし、課長も分かっているはずだと思ったが、フリーター君が定時で帰ったあとは、黙ってサービス残業をして、部品の不具合を調整した。

アナが勤める工場は、大手だけあって、パートやアルバイトも含めるとたくさんの人間が働いている。仕事場が清潔な上に、福利厚生施設も充実している。

アナは定時で仕事を終えてから、正社員以外にも開放されているスポーツジムやエアロビクススタジオに寄って汗をかいた。そうした施設の中は日本人ばかりで、外人が入りにくい雰囲気だったが、アナは、持ち前の積極性と少しはできる日本語を使って、日本人社会に溶け込む努力をした。

スポーツジムでシャワーを浴びたあとは、帰り道でスーパーに寄り、リカルドの分まで夕食用のお惣菜を買った。買い物の領収書はきちんと整理して、区切りのいい時にリカルドと「共同生活費」の清算をしたが、二人の間に金銭上のトラブルは一切生じなかった。

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アパートに先に帰り、二人の「共用スペース」の掃除をしていると、サービス残業を終えた「夫」が帰って来る。二人そろったところで、冷蔵庫から冷えたビールを出して乾杯。お惣菜を箱ごと電子レンジに入れて「チーン!」して、パンかご飯を添えれば夕飯の出来上がり。なるほどアナが言ったとおり、電子レンジと冷蔵庫は出稼ぎ生活の必需品だ。それにしても、日本の社会は便利だ。

二人で台所の床にすわり、お互いに、その日の出来事を報告したり、愚痴を言い合って過ごす。アナは日本のコンビニで買ったタピオカミルクティーにヒントを得て、自動販売機で買ったミルクコーヒーに自分でタピオカを入れて作る「タピオカミルクコーヒー」がお気に入りで、いつも食後のデザート代わりにしていた。一日の終わりのそんな時間は、なぜか二人の心を癒してくれた。

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平日は朝が早いので、11時前にはそれぞれの部屋に布団を敷いて休んだ。

二人にとって一番の楽しみは、土曜日の午前中の仕事が終わり、午後から始まる週末の時間だ。土曜日の午後は、その週の疲れをとるために少し昼寝をして、夕方から近所のレストランに出かけて仲間と語らい、二次会はダンスフロアーが付いたバーに移動して、日付が変わるまで飲んだり踊ったりした

日曜日は、遅くまで寝ていられる週一回の安息日。二人は、午前中はいっしょに買物をしたり、ブラジル料理を作ったりしながら過ごした。

二人で仲良く昼食を食べたあとは、南米の習慣に従って、静かに午後の時間を過ごした。

アナがブラジルにいる母親や友人に手紙を書いている間、リカルドは公衆電話から日本に住んでいる亡くなった両親の親戚に電話してみたが、どの親戚からも、お悔やみと励ましの言葉はもらえても、「今度ぜひ会いましょう」という話は出なかった。ブラジルでは、わざわざ遠くから訪ねて来てくれる親戚や友人は、自宅に招いて歓待するのが普通なので、最初はみんなたまたま忙しいのかなと思ったが、二回目に電話すると、どの親戚とも話すことがなくなり、お互いに気まずい雰囲気になった。

そのうち分かったのは、今の日本人の多くは、自分にとって得にならない人間や、住む世界が違う人間には、冷たいということだった。南米から出稼ぎに来て、日本の社会の底辺で働いているような人間は、身内の恥であり、たとえ親戚であっても関わりたくないのだ。

日本は食料品がばか高い上に、派遣会社から支払われる給料からアパートの家賃と先月の借金を差し引かれ、二人の手持ち現金は少なかったため、アパートを「新婚夫婦」の住まいらしくするための家具や調度品はなかなかそろわなかった。

日本の夏は、耐えきれない暑さで、二人とも夏バテ気味になったが、リストラにあって帰国することになった日系ペルー人が、窓枠に簡単に取り付けられるエアコンをタダで譲ってくれた。

ある土曜日の朝、二人で近所のコミ捨て場に一週間分のゴミを捨てに行くと、粗大ゴミ置場に、近所の主婦がまだ使える二人用のテーブルと椅子のセットを持ってきた。聞けば、子供が生まれて新しいテーブルセットを買うので、いらなくなったそうだ。二人はその主婦にお願いして、不要になった家具を頂戴してアパートに持ち帰えることにした。ブラジルではゴミあさりなどしたことがなかった二人は、なんだか恥ずかしく、惨めな思いでその日の午後を過ごした。

【第7話】に続く

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